幕が上がると舞台の奥に見えるのは、オペラ劇場の客席。舞台の照明もプロンプター・ボックスも実際の客席に座る私達の方を向いているではないか。あれ?私達は舞台奥にいるのだろうか?そして、ドラマティックな音楽に伴い、空気の精アリエルがシャンデリアをぐるぐる回し、嵐が起きる。こうして、マジカルな《テンペスト》の世界に私達は惹き込まれていく。
オペラ《テンペスト》のワールド・プレミエは2004年、ロンドンのコヴェント・ガーデン。作曲家トーマス・アデスは何と当時、まだ32歳。その後も本作品は各地で幾度も上演されてきた。この「ベンジャミン・ブリテンの再来」との評判が高いアデスが、10月に自らタクトを振り、いよいよ待望のMETデビューを果たした。第一幕からプロスペロー、娘ミランダや島の野蛮人カリバンをはじめとするキャラクターがプロンプター・ボックスから出入りする。第二幕では今度は私達観客がスカラ座の客席に座って、舞台を観ている仕掛けだ。第三幕では舞台を側面から観る形になっているのだが、ミランダとナポリの王子フェルディナンドなどが「オペラ劇場」舞台の迫りで奈落との間を上下する場面が見えたりと、楽しい工夫満載だ。背景のビデオ映像もルパージュならでは。
そして、ミランダ役をつとめるのは人気上昇中のイザベル・レナード。幼い時からバレエやコーラス、演技を勉強してきた彼女は、クリアなメゾソプラノで、愛に目覚める娘になりきっている。相手のナポリ王子フェルディナンド役は、ドキュメンタリー映画『The Audition~メトロポリタン歌劇場への扉』で、見事なハイCを披露したハンサムなアレック・シュレイダー。今回、METデビューを果たした。若々しい美男美女カップルだ。
全体的に歌手にとっても、オーケストラにとても難しい作品だが、作曲家自らバトンを振ることで、しっかりとまとめられていた。あっという間に時間が過ぎてしまい、気がついたらラストシーンでは劇場内のライトが灯り、観客の私達も一同の和解と新しい人生を一緒に祝福しており、最後は拍手、大喝采。シェイクスピアの名作《テンペスト》をオペラで楽しむ、またとないチャンスだ。
池原麻里子(ジャーナリスト/ワシントンDC在住)
写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera