2012年11月29日木曜日

現地公演レポート: ドラマティックでマジカルな《テンペスト》

幕が上がると舞台の奥に見えるのは、オペラ劇場の客席。舞台の照明もプロンプター・ボックスも実際の客席に座る私達の方を向いているではないか。あれ?私達は舞台奥にいるのだろうか?そして、ドラマティックな音楽に伴い、空気の精アリエルがシャンデリアをぐるぐる回し、嵐が起きる。こうして、マジカルな《テンペスト》の世界に私達は惹き込まれていく。

オペラ《テンペスト》のワールド・プレミエは2004年、ロンドンのコヴェント・ガーデン。作曲家トーマス・アデスは何と当時、まだ32歳。その後も本作品は各地で幾度も上演されてきた。この「ベンジャミン・ブリテンの再来」との評判が高いアデスが、10月に自らタクトを振り、いよいよ待望のMETデビューを果たした。


今回、METで《テンペスト》を演出したのは、MET《リング・チクルス》でも手腕を振るったロベール・ルパージュで、過去に《テンペスト》演劇版を何度も手がけた実績を持つ。ルパージュは魔法使いのミラノ公プロスペローをオペラ演出家とみなし、彼が流された孤島に出身地の「スカラ座」を再現し、そこでストーリーを展開させることで、アデスの音楽を見事にビジュアル化している。ともすれば「とっつき難いのではないか」と敬遠しがちな現代作品でも、ルパージュの手腕よって、目前で繰り広げられる《テンペスト》ワールドは、オーケストラ音楽だけのシーンでも明確にストーリーが語られ、まるでお芝居を観ているような気分にさせてくれるのだ。


第一幕からプロスペロー、娘ミランダや島の野蛮人カリバンをはじめとするキャラクターがプロンプター・ボックスから出入りする。第二幕では今度は私達観客がスカラ座の客席に座って、舞台を観ている仕掛けだ。第三幕では舞台を側面から観る形になっているのだが、ミランダとナポリの王子フェルディナンドなどが「オペラ劇場」舞台の迫りで奈落との間を上下する場面が見えたりと、楽しい工夫満載だ。背景のビデオ映像もルパージュならでは。


さて、主役プロスペローを演じるのは、アデスが本作品を捧げたサイモン・キーンリーサイド。METではこの数シーズンだけでも《ハムレット》タイトル・ロールや《ドン・カルロ》ロドリーゴ役など、輝きのあるバリトンとインテンスな演技力を披露してきた。今回は上半身全体がタトゥーで覆われ、ヘアにはカラフルな鳥の羽、ミリタリー・ケープを肩にかけたワイルドな姿で登場。復讐の念に燃えたダークなプロスペローを見事に演じている。難曲もキーンリーサイドが歌うと簡単そうに聴こえてしまうのだ。


そして、ミランダ役をつとめるのは人気上昇中のイザベル・レナード。幼い時からバレエやコーラス、演技を勉強してきた彼女は、クリアなメゾソプラノで、愛に目覚める娘になりきっている。相手のナポリ王子フェルディナンド役は、ドキュメンタリー映画『The Audition~メトロポリタン歌劇場への扉』で、見事なハイCを披露したハンサムなアレック・シュレイダー。今回、METデビューを果たした。若々しい美男美女カップルだ。


その他も、素晴らしい実力派で固められているのはMETならでは。中でも特に際立つのはアリエル役のオードリー・ルーナ。超人的な高音部分が多いこの役を、(スタントが使われていない場面で)驚異的にアスレチックな姿を披露しながら、歌いこなしている。
全体的に歌手にとっても、オーケストラにとても難しい作品だが、作曲家自らバトンを振ることで、しっかりとまとめられていた。あっという間に時間が過ぎてしまい、気がついたらラストシーンでは劇場内のライトが灯り、観客の私達も一同の和解と新しい人生を一緒に祝福しており、最後は拍手、大喝采。シェイクスピアの名作《テンペスト》をオペラで楽しむ、またとないチャンスだ。

池原麻里子(ジャーナリスト/ワシントンDC在住)

写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera