建物はモダンでシンプルですが、ロビーや劇場内は重厚でクラシックでした。赤い絨毯と特徴的なシャンデリアで飾られ、そこここに歴史を感じさせる資料が飾ってあります。音楽好きの若者から常連と思われるセレブリティな雰囲気のマダム、美女を連れた素敵なおじ様などで満員でした。
開演前にLe Grand
Tier Restaurantに行きました。ここはライブビューイングのパンフレット(P.58)で見て是非行ってみたいと予約をしたのです。オペラの前にふさわしい洗練された軽めのお食事とワインが揃っていました。このレストランは当日のオペラの入場券を持っている人だけが、開演2時間前の開店より利用できます。お洒落をして楽しそうに歓談するグループの方もいらっしゃるようでした。もちろん私たちも!
2.バックステージツアー
いかに多くのプロフェッショナルたちが、良いオペラを作ろうと力を合わせているのかが解り、METの素晴らしさを実感しました。複雑なMETの裏側を縦横に歩き回り、舞台装置、練習室、楽屋、合唱隊の部屋、バレエスタッフの部屋、衣装、大道具・小道具のアトリエ、衣装のアトリエ、カツラ専用の製作・保管部屋などを見せていただきながら説明を受けました。ライブビューイングで垣間見たのと同じ場所も歩き、感激も一入です。"maestro, to the pit please" を発信するディレクターコーナーもばっちり見てきました。
驚いたのはやはり舞台です。中央舞台と同じ広さの舞台が左右と後ろ、地下にあり、さらに舞台は回り舞台があり、前後幾筋もに分割されていて部分的に奈落に上げ下げ出来る舞台があり、すごい規模です。ライブビューイングでインタビューを受けていた舞台監督の方も練習室あたりでお見かけし、「おおっ」と思いました。
平日の昼は別の演目のリハーサルのために毎回舞台装置を設置し、片付け、また夜の公演のために別の演目の舞台を整えるのだそうです。そのためMETは24時間2交代で眠らず働き続けているそうです。毎晩別の演目のオペラを上演するだけでも脅威的だと思っていたのに、さらにその間にもう一舞台準備しているなんて想像を絶する事でした。そのおかげで短期滞在者も複数演目を楽しめるわけで、ありがたいことです。
3.《椿姫》の感想
このメンバーでMET初演だった公演のせいか、指揮者も出演者も、また観客までも皆緊張に包まれてものすごく臨場感のあるステージでした。ダムラウの一幕のパワーは二、三幕で深い表現へと変わり、素晴らしかったです。スター歌手の圧倒的な力を感じました。ストーリーの中の悲しい場面はもちろん、なんでもない場面でも気づいたら涙が出ていたというようなすさまじい体験でした。ドミンゴの存在感は圧巻でした。ジェルモンが登場したとたん大拍手がおこりました。優しそうなジェルモンで、新しいジェルモン像でした。スターオーラに加え、声にも輝きがあり、生きているうちにこの肉声を聞けるなんて幸せでした。ドミンゴと同時代を生きていてよかったです。
4.《オテロ》の感想
昼間のバックステージツアーで間近で見た素晴らしい舞台装置が使われた、ダイナミックな演出の公演を楽しみました。アラン・アルタノグルの指揮は安定した印象を受けました。「このクオリティーがMETの標準です」というようなMETの底力を見た思いです。四幕は特に良く、深く印象に残りました。イヤーゴ役はハンプソンではなくヴラトーニャで、MET初舞台だったようですが、声量も歌も良かったです。開演前のシャンデリアが上がっていく瞬間も体感できました。今シーズンのライブビューイングの≪オテロ≫とは、歌手の個性がとても違うキャスティングでした。同じ演出でこれほど違いがあるのにも驚き、今一度ライブビューイングのを見直してみたい気もしました。
5.「METライブビューイング」ならではの魅力
幕間のインタビューが大変魅力的です。歌手の思いや素顔を知ることが出来るのはライブビューイングならではです。演出家の話を聞きたい凝った新演出の時には演出家の、衣装が素晴らしいなと思った時には衣装室のスタッフの、といった、インタビューの選択もいつも的を射たもので、オペラ製作をリアルに実感できます。
ヨーロッパの歌劇場とは違った魅力がMETにはあるのを、今回訪れて感じました。例えば、「世界一のオペラを上演するぞ!挑戦し続けるぞ!」という意気込みのようなものでしょうか。ニューヨークという街自体にものすごいパワーがありました。新しいセンス、新しい芸術の発信地、今の時代にあった最先端の芸術はここから生まれる、といったパワーです。一度見た人を確実にオペラファンに引きずりこんでしまうほどの魅力です。歌手たちが皆、METを目指してくるのもわかります。とても特別なところでした。
そのMETで、ライブビューイングの時にはさらにスペシャル!出演歌手たちの豪華キャスティングも、ライブ当日の気合の入りようも、もしかしたらライブビューイングならではの魅力といえるのかもしれません。スター歌手たちも通常の公演よりも確実にアドレナリンが倍増している気がします。
6.その他ご感想
私たちは今回、各々結婚して子育てしながら仕事をしている姉妹で参加させていただきました。子供と仕事があれば実質自分の時間はありません。その中で「ライブビューイングだけはお願い」と夫に子供を頼み、終わると走ってまた子供のところに戻ります。このつかの間の自由時間の喜びを糧に残りの毎日を過ごすという暮らしです。そんな私たちにとって、「ニューヨークに旅して劇場でオペラを観る」というのは到底かなうことが望めない夢でしかありませんでした。でも「当選」という奇跡のおかげで周りの皆が協力してくれ、今回の夢のような旅&オペラ観劇が実現しました。これからも一生オペラ好きでいます。