2013年5月2日木曜日

極上のエンタテインメント!《ジュリアス・シーザー》現地レポート


小林伸太郎(音楽ライター/NY在住)
MET今シーズンの最後のニュー・プロダクションとして上演された《ジュリアス・シーザー》は、ヘンデルのオペラとしては最もポピュラーな作品だ。歴史上実在したパワー・カップル、シーザーとクレオパトラを主役として、愛と欲望、陰謀が渦巻く冒険とロマンの世界となれば、それも当然だ。デイヴィッド・マクヴィカーの演出は、そんなゴージャスなバロック・オペラの世界を、誰もが楽しめる極上のエンタテインメントに仕立て上げてくれた。

古代ローマの将軍シーザー(伊語:チェーザレ)は、ここでは19世紀英国の帝国主義者といった風貌で登場する。対するクレオパトラは、英国の統治の手が伸びようとする時代のインドの女王様といった感じだ。古代ローマを大英帝国時代になぞらえるとは、実にシャープな発想ではないか。しかしマクヴィカーは、ヘンデルの時代がそうであったと思われるように、特に時代考証にはこだわらない。例えばクレオパトラは、インドのお姫様風衣装から、シーザーを誘惑する場ではサイレント映画から抜け出たかのようなスレンダーな衣装、戦いの場では19世紀の青年っぽい衣装から、ラスト・シーンでは逆にバロック・ロココを彷彿されるドレスに身を包む。女心と秋の空、絶世の美女は変身に忙しいのだ。インドのテイストを取り入れたおかげで、女王様から侍従まで、ボリウッド・ミュージカルさながらに踊りまくってくれるのも楽しい。
 
そしてマクヴィカーは、エンタテインメントに潜むシリアスなドラマの世界もくっきりと描き、観客のハートを鷲掴みにする。クレオパトラを歌うナタリー・デセイは、切れのよいダンスも素敵だが、シーザーの安否を気遣って嘆くシーンなど、痛々しいまでの彼女の感情の発露は、客席を水を打ったような静けさで包んだ。父親の仇を打つため、クレオパトラの弟トロメオを殺したセストは、喜びのあまり死体を弄ぶ母親コルネリアに恐怖を抱き、戦争の理不尽さに呆然とする。セスト役のアリス・クートとコルネリア役のパトリシア・バートンも、殺気迫る演唱だ。

バロック・オペラは、中性的に摩訶不思議なカウンターテナーの音色も魅力の一つ。シーザー役デイヴィッド・ダニエルズは、バロックのプロとして充実の演唱を聴かせる。トロメオを歌うクリストフ・デュモーの驚異的にアクロバティックで 妖しい悪役の魅力は、主役を食ってしまいそうなほど強烈だ。指揮者ハリー・ビケットは、キビキビした音楽で、個性豊かな出演者を的確にリードする。

 休憩込で4時間以上という上演時間が、あっという間に過ぎてしまう今回の《ジュリアス・シーザー》。フレッシュなエンタテインメントの世界に、METの観客も大喜びであった。

写真(C) Marty Sohl/Metropolitan Opera