同じころ、自宅で目覚めたコワリョフ少佐は、自分の顔から鼻が消えているのに仰天、街に飛び出して鼻を探し回る。服を着た鼻を見つけ、おそるおそる「もしやあなたは私の鼻では?」と尋ねてみたが、「私は私です」とはねつけられる。鼻を探す新聞広告を出そうとしても新聞社からは馬鹿にされ、怒りまくるコワリョフ。
やがて鼻は、街で暴れはじめた。ついに警察も非常線を張り・・・・。
こういう奇想天外なストーリーをもつオペラには、機知縦横な演出と変幻自在の舞台デザインが似合う。このウィリアム・ケントリッジによる今回の舞台は、2010年3月にプレミエされて絶賛を浴び、今シーズン待望の再演となったもの。すこぶるウィットに富み、活気があって、洒落ている。
こういう奇想天外なストーリーをもつオペラには、機知縦横な演出と変幻自在の舞台デザインが似合う。このウィリアム・ケントリッジによる今回の舞台は、2010年3月にプレミエされて絶賛を浴び、今シーズン待望の再演となったもの。すこぶるウィットに富み、活気があって、洒落ている。
随所に彼得意のドローイング手法が発揮され、文字、アニメーション・フィルム、若きショスタコーヴィチがピアノを弾く映像やスターリンの似顔絵、時には字幕までが目まぐるしく投影され、乱舞する。それらが音楽の動きと寸分の違いもなく合い、しかも舞台上の登場人物の動きとも完璧なバランスを保って進んで行くのだから、その手際の良さには、もう驚くばかり。主人公コワリョフが大騒ぎをしている背景に2本足の生えたコマ撮りアニメの鼻がこっそり逃げて行き、続いて舞台上で巨大な仮装の鼻が陽気に踊り出すといった光景には、観客も腹を抱えての爆笑だ。
もちろん、何よりすばらしいのは、ショスタコーヴィチの才気煥発な音楽である。リズミカルで、ユーモアと皮肉にあふれ、大胆不敵、傍若無人に鳴り響く。若い頃の彼の音楽の物凄さには、実に空恐ろしくなるほどだ。
その他、脇役には、おそろしくカン高い声で歌う警察署長アンドレイ・ポポフをはじめ、ゲンナジー・ベズズベンコフ(医者他)など、ロシアのベテランを起用し、言葉と音楽の面を引き締めている。本当にみんな、歌も演技も達者だ。
これほど愉快なプロダクションは、めったに観られないだろう。近年のMETの傑作である。
写真 (C) Ken Howard/Metropolitan Opera