石戸谷結子(音楽ジャーナリスト)

1800年のローマを舞台に、不穏な政治状況を背景に繰り広げられる、美貌の歌姫と情熱的な画家の激しくも甘美な恋。その恋人たちに悪魔のように忍び寄り、仲を割こうとする邪悪な権力者スカルピア。甘く切ないプッチーニの名旋律にのり、
恋の三角関係は運命に翻弄され、悲劇へとまっしぐらに進む。
今回の《トスカ》は、2009年シーズン・オープニングを飾って新演出上演されたプロダクションの再演。フランス演劇界の鬼才、リュック・ボンディの演出は、派手なはったりやきらびやかさはないが、登場人物の心理をじっくりと描写した演劇的な舞台で、動きも細やかで見応え充分。とくに2幕のトスカとスカルピアの駆け引きの場は手に汗握る。

注目のラセットは、強い表現力を持った豊かな声と体当たり的な演技が持ち味のソプラノ。一途で嫉妬深くて、すぐかっとなる“かわいい女”トスカは、ラセットの素顔のイメージにも合っているのかも。彼女は全幕で最も有名なアリア〈歌に生き、恋に生き〉をじっくりと聴かせた。スカルピア男爵を演じるのは、いま注目のバリトン、ジョージ・ギャグニッザ。グルジア出身の大柄なバリトンで、豊かな声量と朗々とした美声を誇る。ボンディの演出では、常に娼婦をはべらせている好色なサディスト?という設定で、なかなかのど迫力。イノセントなトスカと悪魔のように腹黒いスカルピアの体当たり的な激しい対決が見ものだ。
いまが旬のスター歌手3人が揃った、メトロポリタン歌劇場の「十八番」ともいうべき《トスカ》。ローマを舞台にした《トスカ》を見ずして、オペラは語れません!
(C)Marty Sohl/Metropolitan Opera