2014年5月15日木曜日

《コジ・ファン・トゥッテ》現地インタビュー② イザベル・レナード

“2ヶ月のうちに、小澤征爾さんとレヴァインさんとご一緒できたなんて、信じられないです。こんな経験、二度とないと自分に言い聞かせています。”


イザベル・レナード
ワーキング・マザーは、忙しい。今シーズンのMETで《コジ・ファン・トゥッテ》のドラベッラ役を歌うイザベル・レナード(1982年生まれ)も、歌手としてのキャリアと3歳の息子の母親としての役割を軽やかにこなす、ワーキング・マザーだ。インタビューの日、レナードは約束の時間にちょっとだけ遅れてやってきた。外出先から着替えのために自宅に戻ったところ、眠っていた息子が目を覚ましてしまい、彼女を見つけて大騒ぎになったのだという。

―――お忙しいところ、お時間くださいましてありがとうございます。今日はこのあと、カーネギー・ホールでリハーサルですか?お時間は大丈夫ですか?
「 遅れてしまって、本当にごめんなさい。息子が起きる時間ではなかったのに、目を覚ましてしまって・・・。カーネギー・ホールでは、このあと理事会に理事として初めて出席する用事があります。クライヴ(・ギリンソン、カーネギー・ホールの総監督兼芸術監督)から、理事会メンバーになって欲しいとのお話を頂いたのです。」
―――それは素晴らしいお話ですね。おめでとうございます。
「ありがとうございます。 アーティストとして、そしてニューヨーカーとしても、とても名誉なお話だと思い、お受けしました。」
―――そういえばレナードさんは、生まれも育ちもニューヨークでいらっしゃいました。学校も、リンカーン・センターの裏にある LaGuardia High School of Music & Art and Performing Arts(ニューヨークの芸術専門の高校)とジュリアードを卒業されたのですね?
「そうです。私は本当に小さい頃に、踊りを始めました。長いことバレエをやっていました。子供のころからいつか劇場の舞台に立ちたいと思っていました。高校卒業後は、CAP21Collaborative Arts Project 21 、ミュージカル専門の音楽学校)とジュリアードに合格しました。ジュリアードを選択したのは、適切な歌い方を学ばなくてはならないと思ったからです。以来、ずっとクラシック音楽、オペラ、歌曲に浸っています。」
―――METにグノー《ロメオとジュリエット》のステファノ役でデビューされたのは、まだジュリアードを卒業されて間もない頃だったそうですね。
23歳か、24歳だったと思います。プロとして歌い始めて、8年くらい経ちました。」
―――そして今回、ジェイムズ・レヴァイン氏の復帰公演となった《コジ・ファン・トゥッテ》のドラベッラ役を歌われたわけですね。
「はい、素晴らしい体験をさせて頂いています。マエストロ・レヴァインとは、大学院生だったころに、マスタークラスで歌わせて頂いたことはありますが、オペラの舞台でご一緒するのは初めてです。オペラという芸術を心から愛し、私たちの仕事に尊敬の念を払って下さっていることを感じます。初日は、素晴らしいエネルギーに溢れていました!
―――ドラベッラ役は、既に何度か歌っていらっしゃいますね。
METでは3年前に、違う共演者と、同じ演出で演じました。その数年前にザルツブルグで演じたのが、初めてです。」
ドラベッラ役を演じるレナード
―――今回は、「三度目の正直」でしたか(笑)?
「確かに、その通りですね。それは多分、主にマエストロ・レヴァインのおかげです。同じ役を何度か繰り返し演じ、役が自分の中に深く入り込むに従い、脳が新しいアイディアによりオープンになります。自分の中に取り込まれている部分が大きくなるので、それほど役について考えなくてすむようになり、歌唱技術や音符、言葉についての心配も少なくなります。その分、新しいことを試す余地が増え、共演者とより深くコミュニケーションすることができるようになります。」
―――レナードさんにとって、ドラベッラ役のチャレンジとは、どんなものでしょうか?
「ドラベッラ役の難しいところは、作品全体を通じて、ドラベッラの選択に私自身がハッピーになれるところを見つけることですね。今回は、以前よりもずっと屈託なく明るいキャラクターとして演じています。今回はアプローチを変えてみました。彼女は、自分とは違った形で物事を選択する人なんですね。人生を素晴らしく愛していて、その中であらゆる選択をする。本能的な直感で、物事に取り組むのです。そして、その瞬間瞬間を、とても愛している人なのです。人生に恐れず立ち向かい、走り抜ける。今回、私はドラベッラがどんなキャラクターであるかを、とても明確に掴めたと思います。とても楽しんでいます。ドラベッラは、声楽的にも難しい役ですが、私はハーモニーの中で歌うのは大好きです。どんな共演者とのハーモニーにも、溶け込める自信があります。アンサンブルで歌うことが大好きです。」
―――どなたか、目標にされている歌手はいらっしゃいますか?
「テレサ・ベルガンサ、レナータ・テバルディ、そしてマリア・カラスをよく聴きました。3人は、母が好きだった歌手でもあり、母を通じて知りました。それでも、誰か一人尊敬している歌手、どれか一つ歌いたい役、というように、一つだけを挙げることに躊躇してしまいます。ひとつに限ってしまうと、まだ私が知り得ていない、経験していない、その他の素晴らしい音楽家や素晴らしい可能性を除外してしまうことになると思うからです。私はこれまでの人生で見たこと、経験したこと全てが私に影響していると考えたいです。ある日聴いたジャズバンドの音楽が、翌日のオペラ公演に影響することもあります。人生のどんな小さな出来ごとでも、大変な影響力があると思うのです。ニュートラルな状態であれば、目の前の情報から非常に多くを得ることができます。子供の頃にものを触った感覚、音、におい…そういった経験を、よく覚えていますが、あの感覚を忘れてはいけないと思います。」
―――これまで、日本に行かれたことはありますか?
2013年8月に、サイトウキネンで来日したのが初めてです。《スペインの時間》と《こどもと魔法》で小澤征爾さんとご一緒できたのは、素晴らしい経験でした。ここ2ヶ月のうちに、小澤さんとレヴァインさんとご一緒できたなんて、信じられないです。こんな経験、二度とないと自分に言い聞かせています。
日本は、とても美しかった。皆さんとても素晴らしく、親切で。実は私、日本でゴルフを覚えたんですよ。すっかりヤミツキになりました(笑)。
今作共演のS・フィリップス、I・レナード、D・ドゥ・ニース
(2013-14シーズン METオープニングナイトにて)
私には、暇な時間というのは、ほとんどありません。息子と音楽という、フルタイムの仕事を二つ持っていますから。もし暇な時間があれば、眠ると思います(笑)。でも今、私にはゴルフと言う新しいホビーがあるので、時間があれば練習しにいきたいですね。ゴルフはとても瞑想的で、静かです。そこにいるのは自分だけで、喋る必要はない。こういうとおかしく聴こえるかもしれませんが、歌とゴルフは似ているところがあります。正しいテクニックで、一つのモーションでやれば、ボールは遠くに飛ぶ。歌と同じです。まさか私がゴルフをやるようになるなんて思いもしませんでしたが、人生には美しい偶然があるのですね。
私は、今やっていることが好きです。歌手としても自分に相応しいもの、正しいものを選びながら、私のジャーニーを続けていきたいと思っています。その鍵は、それをやっていて楽しいものでなくてはならないということ。もし、そこに喜びがなければ、やる価値はないと思うのです。」


インタビュー:小林伸太郎(音楽ライター/ NY在住)
(C)Jared Slater
(C)Marty Sohl/Metropolitan Opera 
(C) Ken Howard/Metropolitan Opera