2016年1月29日金曜日

甘い旋律に酔いしれる魅惑のオペラ!《真珠採り》みどころ


 石戸谷結子(音楽評論家)

愛をとるか、あるいは友情か? 固い絆で結ばれた幼なじみのナディールとズルガは、美しい一人の巫女に恋してしまう。しかし、それは禁断の恋だった・・・。
南の島セイロンを舞台に、真珠を採る男たちが繰り広げる情熱的で切ない恋物語。それが、ビゼーが25歳の時に作曲した《真珠採り》だ。
  

なんと、METでは100年ぶりの上演となる。100年前にナディールを歌ったのは、あの伝説のテノール、エンリコ・カルーソーだった。しかし、今回の上演キャストも負けてはいない。METが誇る3大人気スターが勢ぞろいしたのだ。 
1231日、ガラ公演で始まった新演出上演は大絶賛を浴びている。

演出を手掛けたペニー・ウールコックは英国の映画監督でもあるので、舞台はまるで映画のようにスペクタクルで、演劇のように細部にまで目が行き届いた緻密な構成だ。
まず序曲から、観客は神秘的な美しい空間へといざなわれる。まるでワーグナーの《ラインの黄金》冒頭シーンのように、3人のアクロバット・アーティストたちが優雅に深海の中を泳ぎ回る。
ウールコックによると、自然の象徴である「海」は、4人目の主役なのだという。時代設定は現代。東洋の南の島で生活する人々は、いつの時代も自然の脅威にさらされながら、生きている。

その海を鎮めるため、海神に祈りを捧げる巫女が、島に現れる。ベールを深々と被った、謎の女性。その声をひと声きいたとたん、ナディールは衝撃を受ける。「あれは、レイラだ!」。かつて愛し合い、別れた愛しいひと。そして歌い出すのが、ナディールのロマンス〈耳に残る君の歌声〉だ。メランコリックで甘いメロディ。ポピュラー曲にも編曲され、「真珠採りのタンゴ」としても有名だ。この曲をマシュー・ポレンザーニは、夢見るように繊細に優雅に、甘く歌った。

彼の恋敵で親友のズルガを歌うのは、旬のバリトン、マリウシュ・クヴィエチェン。開幕してすぐ、テノールとバリトンによる友情の二重唱〈神殿の奥深く〉が歌われる。一度聴いたら忘れられないほど美しい抒情的な旋律のこの曲を、クヴィエチェンとポレンザーニは感動的に歌いあげて大喝采を博した。カラーのタトゥーを腕に施したポレンザーニは、情熱のままに突っ走るやんちゃな青年。対するクヴィエチェンは、マッチョで冷静沈着、しかも哲学的でかっこいい大人の男だ。

その二人に愛されるレイラを歌うディアナ・ダムラウは、ウィーンで初めてこの役に挑戦し、絶賛された。なめらかでビロードのような声と歌い回し、澄んだコロラトゥーラ技法を駆使し、名アリア〈いつかの夜、暗闇の中で〉を魅惑的に歌うのだ。

指揮はイタリア人のジャナンドレア・ノセダ。緻密でしかも、流麗な音楽を奏でている。今回の上演は、さすがはノセダ。1863年の初演版を基にして、2002年に出版されたブラッド・コーエンによるクリティカル・エディションに依っている。現行版との大きな違いは第3幕。クヴィエチェン扮するズルガによる苦悩の長いアリアがあり、そして最も重要なのは幕切れのシーン。ここを、ぜひご自分の目で確かめていただきたい。
うっとりと甘い旋律に酔いしれ、エキゾチックな舞台と熱い恋の虜になる《真珠採り》は、オペラ愛好家から初心者まで楽しめる魅惑のオペラ。寒い冬の日に観れば、きっと心があったまること、約束します!



写真  (C) Ken Howard/Metropolitan Opera