2012年12月14日金曜日

【現地公演レポート】ゴージャスな《皇帝ティートの慈悲》!

モーツァルト最後のオペラとなった《皇帝ティートの慈悲》。本作品の主役となっているローマ皇帝ティトゥスはポンペイが火山大噴火で埋まったときの皇帝だが、13歳のモーツァルトは1739年に発掘された同遺跡を父親に連れられて見学したことがあるとか。

「オペラ・セリア」(※注1)という一昔前のフォーマットに戻った作品だが、モーツァルトらしい美しいアリア満載の作品だ。古代ローマを見事に再現しているのが、有名な演出家ジャン=ピエール・ポネルが1984年に手がけたセットで、衣装は18世紀風。今観ても新鮮だ。歌手陣はモーツァルト作品の中ではあまり上演されない本作品を歌いこなしており、特に素晴らしいのが女性歌手4人。

まず、何といっても注目したいのがエリーナ・ガランチャ(セスト役)。彼女は《カルメン》では妖艶で気ままなジプシー女ぶりを発揮したが、元々スレンダーな姿で《薔薇の騎士》のオクタヴィアン、《フィガロの結婚》のケルビーノなどのズボン役を得意としてきた。出産後、男性役にはちょっと不安があったとのことだが、いやいや、スリムで颯爽としており、「ハンサム」だ。今回で本役は封印するとのことなので、絶対に見逃せない。特に名アリア”Parto, parto”(「私は行く」)のクラリネットとのやりとりが素晴らしい。

もう一人、アンニオという男性役をつとめるのはケイト・リンジー。METのヤング・アーティスト・プログラム出身で、人気上昇中のメゾ。リンジーもズボン役が多いが、今回もとても凛々しく、ガランチャのクールなメゾとは異なった声を聴かせてくれる。

そして復讐の念に燃え、嫉妬深く、策略家のヴィッテリアを演じるのは、ベテランのバルバラ・フリットリ。プッチーニからヴェルディまであらゆる役を上手に歌いこなすスターで、彼女の才能には毎回、本当に感嘆するが、モーツァルトは中でも得意とするレパートリー。この演出でのちょっと仰々しい衣装にも注目したい。あの横幅広いスカートで階段を上り下りするだけでも大変そうだが、本オペラのディーバ役にはぴったり。

今回、METデビューを果たしたイギリスのソプラノ、ルーシー・クロウ(セルヴィリア役)も一押し。セルヴィリアの登場場面は少ないが、ヘンデルなどのバロックを得意とする透明な美声の持ち主で、ちょっとすると形式的になりがちな作品でも豊かな感情表現がとても際立っている。是非、今後もMETに出演して欲しいものだ。

最後になるが、主役のティートを演ずるのはジュゼッペ・フィリアノーティ。ストイックだが、友人セストに死刑に宣告する場面では涙を見せるなど、ノーブルで慈悲深い皇帝役をこなしている。全体を通じて定評のあるリリカルなテノールを聴かせてくれる。

バロック音楽の名指揮者として名高いハリー・ビケットは、ヘンデルの《ロデリンダ》でMETデビューしたが、今回も素晴らしいエレガントな音作りをしている。ほぼ3時間と長い作品だが、最初から最後まで美しいメロディーをドリーム・キャストで聴いた後は満足感いっぱい。METの観客からも、しばし大喝采が鳴り止まなかった。

池原麻里子(ジャーナリスト)
写真 (C)Ken Howard/Metropolitan Opera 

(注1)「オペラ・セリア」…セリア、つまりシリアス。ギリシャ神話や王の活躍などを題材にした格調高いイタリア・オペラ。17世紀末から19世紀初め頃まで書かれた。