2013年のヴェルディ生誕200年を記念して、メトロポリタン・オペラは今シーズン、2つのヴェルディ作品を新制作上演する。その第1弾としてこの11月、デイヴィッド・アルデン演出、ファビオ・ルイージ指揮による《仮面舞踏会》が初日を迎えた。
本作品は、スウェーデンの君主グスタヴ3世が、1792年に仮面舞踏会で暗殺されたという史実にインスパイアされたもの。それに、王の忠実な部下アンカーストレム伯爵の妻アメーリアと王との許されざる恋という情熱的なフィクションを絡ませた、イタリア・オペラの傑作の一つとして知られている。METでも繰り返し上演されている人気作であるが、演出のアルデンは、政治的陰謀が渦巻く中、男と女の愛と嫉妬が殺人を導くというそのストーリーに、フィルム・ノワール的な世界を感じたという。そこで今回の上演では、時代設定を20世紀初頭に移し、抽象的なイメージとシックな色彩を多用した、悪夢のようにシュールな世界の描出が試みられた。舞台を支配する、落下するイカロスの巨大なイメージは、破滅的な愛に引きずられるように、死へと真っすぐ突き進むグスタヴの姿を重ねたものだ。アルデンは、そのイメージを繰り返し登場させることで、悲劇的な結末が避けられないことを、観客の脳裏に焼き付ける。
そのどこをとってもアルデンの演出は、これまでMETで使われてきた写実的な演出から、大きく飛躍したものだ。その方向性は、ドラマがより緊張感を高める後半になるほど、効果を発揮していたように思う。アンカーストレムがアメーリアを激しくなじる場の息が詰まるような密室性、鏡を多用し、主要人物以外は全て黒に色彩を統一したラストの仮面舞踏会の場は、北欧のクールなイメージも醸し出して、とりわけ興味深かった。ヴィンテージの布地を探して製作したという、美しい衣装の数々にも注目したい。
出演者の中では、METでグスタヴを初めて歌ったマルセロ・アルヴァレスの好演を、まず挙げるべきだろう。近年よりドラマチックな役を歌うようになっているアルヴァレスだが、道ならぬ愛に惑い燃えるグスタヴを、陰影深く繊細に歌い上げて、歌手として近年充実していることを感じさる演唱だった。アメーリアを歌ったソンドラ・ラドヴァノフスキー、アンカーストレムを歌ったディミトリ・ホヴォロストフスキーの二人も、それぞれ情熱的に歌い上げ、観客から大きな拍手を浴びていた。コミック・リリーフ的な役割を与えられているオスカル役は、キャスリーン・キムが軽やかに演じて、魅力を発揮した。指揮のファビオ・ルイージも、緩急を心得たリードでドラマチックに上演を支えた。
フィルム・ノワールな雰囲気で登場人物を囲み、音楽に内在する精神的なリアリティを追求した今回の演出。クローズアップも可能なライブビューイングでは、衣装の手触り、出演者の息づかいなども、劇場とはまた違った形で、リアルに迫ってくるに違いない。
小林伸太郎(音楽ライター/NY在住)
写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera