2012年9月28日金曜日

《愛の妙薬》オープニングナイト:NY現地レポート



タイムズスクエアの大型スクリーンで鑑賞する観客たち

 924日、秋晴れ。今年もまた、メトロポリタン・オペラのシーズン・オープニングの日がやってきた。9月初頭に行われるNYファッション・ウィークが秋へのプレリュードなら、METのオープニングは、秋が本格的に訪れたことを宣言するファンファーレかもしれない。レッドカーペットを彩るセレブたちも、女優やモデル、スポーツ界のスターなどおなじみの顔ぶれが、相変わらず華やかだ。プラシド・ドミンゴやルネ・フレミングといったMETのスターはもちろんのこと、ロッカーのアイコン、パティ・スミスの姿も見られた! 今年もタイムズスクエアとMET前でライブビューイングが行われ、リンカーン・センターのプラザだけでも2,000人を超えるファンが詰めかけた。
 

 上演されたのは、ドニゼッティの人気コメディ《愛の妙薬》。METがコメディでシーズンを開けることは、過去にあったか思い出せないほどに珍しい。ヒロイン、アディーナを演じたのは、昨年に引き続きオープニングに登場したアンナ・ネトレプコである。昨シーズン初日の《アンナ・ボレーナ》では、悲劇の女王を演じてスターパワーを炸裂させたが、今年は太陽のように明るいコメディエンヌぶりで、多くの観客をノックアウトしてしまったようだ。アディーナという役は難しい役で、純粋な青年ネモリーノの求愛に素直に応えず、軍曹ベルコーレとの結婚をちらつかせるなど、間違えると高慢で冷たいだけの女性になりかねない。しかしネトレプコの裏表のないストレートな表現は、実はアディーナが愛にとても真剣であることを感じさせてくれるのだ。

 マシュー・ポレンザーニが演ずるネモリーノも、ドゥルカマーラ(アンブロージョ・マエストリ好演)に騙されて何の変哲もないワインを媚薬だと信じる御目出度さよりも、アディーナを振り向かせるためには媚薬でも何でも手に入れようとする、シリアスな純情が心に残る。名曲〈人知れぬ涙では、アディーナの愛を確信したネモリーノの心情を、静かながらも張り裂けんばかりの喜びで伝えてくれた。マウリシュ・クヴィエチェンが演ずるベルコーレも、颯爽とした自信過剰ぶりの中に、飾り物ではないシリアスな軍隊を引き連れた危険な香りを振りまく好演で、アディーナとネモリーノの平和を大いに脅かしてくれた。

 伝統的な美しい衣装と装置に包まれたバートレット・シャーの演出は、ドタバタ喜劇の類型を排し、生き生きとしたドラマを描いた鮮やかなもの。どんなコメディも、人間の真実に基づいているからこそ面白く愛おしいのだ。指揮マウリツィオ・ベニーニとのコラボも上々だったようだ。

 《愛の妙薬》は今まで何度も見ているはずなのに、まるで初めて接するかのような喜びを与えてくれた、今回の上演。ライブビューイングでも、その新鮮な風を世界中に吹き込んでくれるだろう。




小林伸太郎(NY在住・音楽ライター)
写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera