2013年11月29日金曜日

絶好調のアラーニャが圧倒的!ドラマティックで大迫力の《トスカ》

                               石戸谷結子(音楽ジャーナリスト)  
 ドラマティックなオペラの中でも、最もカゲキなオペラ中のオペラといえば、《トスカ》でしょう。なにしろ3人の主役が揃って死んでしまうのだから。極悪人のスカルピア男爵はトスカにナイフで刺され、画家で恋人のカヴァラドッシは拷問のあげく銃殺、そしてトスカは絶望して城の屋上から身を投げる。

 1800年のローマを舞台に、不穏な政治状況を背景に繰り広げられる、美貌の歌姫と情熱的な画家の激しくも甘美な恋。その恋人たちに悪魔のように忍び寄り、仲を割こうとする邪悪な権力者スカルピア。甘く切ないプッチーニの名旋律にのり、 恋の三角関係は運命に翻弄され、悲劇へとまっしぐらに進む。
 
 今回の《トスカ》は、2009年シーズン・オープニングを飾って新演出上演されたプロダクションの再演。フランス演劇界の鬼才、リュック・ボンディの演出は、派手なはったりやきらびやかさはないが、登場人物の心理をじっくりと描写した演劇的な舞台で、動きも細やかで見応え充分。とくに2幕のトスカとスカルピアの駆け引きの場は手に汗握る。

 歌手では、実力派のパトリシア・ラセットと人気テノールのロベルト・アラーニャの、絶賛を浴びた2012年に続く共演が話題だ。ライブビューイングの日はとくにアラーニャが絶好調で、他を圧倒した感がある。元妻アンジェラ・ゲオルギューと別れて新しい恋人と熱愛中のアラーニャは、声がより豊かになって高音も決まり、円熟の度を深めている。1幕のアリア〈妙なる調和〉は持ち前の繊細さが光り、2幕の聴かせどころ〈ヴィットーリア(勝利だ)!〉では高音をヒロイックに響かせた。また3幕の〈星は光りぬ〉では甘い歌いまわし(セクシーです!)と軽やかな高音が魅惑的で、しかも深い歌唱。しばし拍手が鳴りやまないほどの喝采を受けた。


 注目のラセットは、強い表現力を持った豊かな声と体当たり的な演技が持ち味のソプラノ。一途で嫉妬深くて、すぐかっとなる“かわいい女”トスカは、ラセットの素顔のイメージにも合っているのかも。彼女は全幕で最も有名なアリア〈歌に生き、恋に生き〉をじっくりと聴かせた。スカルピア男爵を演じるのは、いま注目のバリトン、ジョージ・ギャグニッザ。グルジア出身の大柄なバリトンで、豊かな声量と朗々とした美声を誇る。ボンディの演出では、常に娼婦をはべらせている好色なサディスト?という設定で、なかなかのど迫力。イノセントなトスカと悪魔のように腹黒いスカルピアの体当たり的な激しい対決が見ものだ。
 
 いまが旬のスター歌手3人が揃った、メトロポリタン歌劇場の「十八番」ともいうべき《トスカ》。ローマを舞台にした《トスカ》を見ずして、オペラは語れません!
                     (C)Marty Sohl/Metropolitan Opera