2014年6月19日木曜日

METバックステージツアー付き観劇チケット 当選者 現地レポート②

1.メトロポリタン歌劇場【MET】の印象

JFK空港に午前便で到着した当日の夜はニューヨークフィルを聞きにエブリーフィッシャーホールを訪れ、その際ちょうど横に位置するメトロポリタン歌劇場の建物を見ました。コロンバス通りから見るとちょうど噴水を隔てた向こうにメトロポリタン歌劇場が聳え立っています。夜のライトアップは美しく、左右には有名なマルク・シャガールの巨大な壁画(音楽の勝利と音楽の源)が見るものを圧倒します。1966年に今のリンカーンセンターに移されたというオペラ劇場は、一歩中に入るとまさに豪華絢爛。古色蒼然とした印象は、時代感覚を狂わせ、演目の時代へタイムトリップさせるかのようです。




オペラ観劇の初日は劇場内にあるThe Grand tire restaurant(グランド・ティア・レストラン)で食事をしました。17時半で予約していましたが、少し遅れるため18時に時間変更してレストランに到着。すでにほぼ満席だったレストランは、ドレスアップしたセレブ感あふれる客層で一杯でした。(慣れない環境と早口な英語に緊張してしまい、意図とは反して前菜とメインの両方ともサーモンを注文してしまい、一緒に同行した妻には笑われましたが。)このレストランは幕間にデザートをいただけることで有名(予約要)です。幕間にレストランに戻るとすぐにデザートが運ばれてきます。(ここのチョコレートスフレはなかなかです。)レストランのウェイターはテキパキとしていて開演までの時間を気にしながらも我々に楽しい時間を過ごさせてくれます。

2.バックステージツアー

バックステージツアーではまず劇場内に案内され、客席に座りながら説明を受けました。舞台上には、来シーズンの演目のセットが組まれており、舞台セットのリハーサルが行われている最中でした。その日の夜は《ラ・チェネレントラ》が上演されるにも関わらず、15時半頃の段階でまだ別演目のリハーサルが行われている事に驚きました。劇場には、「ショップ」と呼ばれる大道具、小道具、衣装、かつらの制作部屋もあります。プロダクションを同じ敷地に集結させているとは、歌劇場の正面から見ているだけでは想像し難いものです。

今も変わらずオペラ制作における現場の機動力を劇場内に集中させているのは、特殊性の強い重要な機能だという拘りを感じました。それは各現場を歩いて回るだけでも殊に感じ取れるものでした。それだけにMETライブビューイングでプロダクション側に焦点をあてたインタビューを行う理由もよくわかりました。オペラは豪華な世界を演出する複合芸術ですが、実はそういった土台部分からMETのオリジナリティが生まれているということは舞台を観るだけではなかなか実感できないことだけに非常に理解深まる機会をいただけたと思います。

3.《ラ・チェネレントラ》の感想

 鑑賞したのは、425日金曜日の夜。平日のソワレのせいかフォーマル姿の観客が多い印象があります。指揮はファビオ・ルイージ。序曲は非常に丁寧で品のある音。これから始まるオペラへの期待感が増してきます。青を基調とした左右対称の舞台は奥行き感があって目を引きます。シンデレラ役のジョイス・ディドナートの見事なコロラトゥーラメゾソプラノは言うまでもないのですが、この日の第2幕では特別な出来事がありました。
 このオペラでは王子役で出演予定のJ・D・フローレスが体調不良の為、メキシコ人テノール歌手J・カマレナが代役を務めていました。(注:ライブビューイング公演ではフローレスが出演しています。)そのカマレナが、第2幕中盤でのアリアのラストで通常よりも高音域なHigh Dで高らかに歌い上げた瞬間、圧倒された観客からものすごいオベーションが起こりました。その大喝采は収まることなく、しばらくすると舞台奥へ消えていったカマレナが少し照れながらも戻ってきて、もう一度同じアリアを歌いました。帰国後に知ったのですが、METでのアリア・アンコールは歴代3人目(過去にはパヴァロッティとフローレスのみ) で非常に稀な機会だったようです。(New York Timesにも掲載されていました。)演目がチェネレントラだけにまさにシンデレラストーリーだったとは、なかなか粋な一夜でした。

4.《コジ・ファン・トゥッテ》の感想

 426日土曜日の晴れた午後のマチネ公演がMETライブビューイング撮影日でした。モーツァルトの喜劇(もしくは悲喜劇)である本作は、18世紀のナポリが舞台なだけに、イタリアの海を彷彿とさせる鮮やかな青色を基調とした幕が下がっており、舞台中心には酒瓶が置かれています。会場には何台ものカメラが設置されていることが確認でき、緊張感ある会場かと思いきや、意外にも観客はリラックスした雰囲気にも感じられます。(MET常連の観客たちはライブビューイングにも慣れているのでしょうか。)ジェイムズ・レヴァインが登場すると皆大きな暖かい拍手で迎えます。レヴァイン指揮による序曲では、弦楽器は強弱がはっきりしており、打楽器のリズムが強調された素晴らしい序曲でした。美しい重唱オンパレードなこのオペラ、主だった登場人物は6人と少ないのですが、中でもフィオルディリージ役のスザンナ・フィリップス とドラベッラ役のイザベル・レナードの姉妹の息はぴったりです。

私自身、このオペラのストーリーには何だか強引さを感じずにはいられない所があるのですが、ストーリーの展開とあまりにも美しく軽やかな音楽のコントラストが、作品にミステリアスで奥深い印象を持たせるのでしょうか。何度も観たくなる作品なので、ライブビューイングでもう一度観るのが楽しみです。

5.「METライブビューイング」ならではの魅力
 
 映画館で「METライブビューイング」を観る魅力は、オペラをより深く理解できる工夫に満ちており、映像作品として非常に満足度の高いものだと思います。その理由は以下です。

① 日本語字幕
当たり前のように感じてしまう日本語字幕ですが、実際のメトロポリタン劇場でも日本語字幕はありません。私のようなオペラ初心者にとっては、特に初めて見るような作品はまずストーリーを追っていく必要がありますので、日本語字幕入りで鑑賞できるとオペラの理解度が随分増します。しかも上演したての公演がすぐに字幕入りで公開されるのは本当にありがたいことです。

② インタビュー
 幕間に歌い終えたばかりの歌手へインタビューを行うシーンが名物のようですが、息を切らせ舞台を降りてくる歌手に向かって「歌い終えた今の感想を聞かせて!」と詰め寄るシーンは、ちょっと可笑しくて毎回楽しみにしているシーンです。また、制作者、指揮者へのインタビューは、オペラ制作の背景を知ることができるので必見です。(私は特にピーター・ゲルブ総裁のインタビューが好きなのですが、ゲルブの話からリーダーシップとマネジメントに関するヒントが垣間見れるのです。オペラという壮大なプロダクションを動かすトップの話は説得力があって人を惹き付けるものがあります。)

③ 映画館
 映画館はスクリーンが大きく、音響もいいので集中の度合いが増します。特にオペラのような長時間ものを集中して一気に観るには非常に良い環境だと思います。

6.その他印象に残ったエピソード

ニューヨークは非常に興味深い町でした。
滞在期間は短いものでしたが、人々の研ぎ澄ました意識の高さを感じずにはいられませんでした。それは、町全体が前に向かって大きく進んでいこうとする方向性、そしてそれを実行するための結束力。それらはメトロポリタン歌劇場でも同じベクトルの力が動いているようにも感じました。
劇場とは、人々が集って見聞きしたものについて人生と照らし合わせながら何かを感じ取る場所のような気がします。だから、劇場にはその地域の歴史や人々との関わり合いが根付いているのではないかと思うのです。
私は今回一旅行者としてニューヨークの劇場を垣間見ただけでしたが、この町に集う人々の夢や目標、そして生きていくことの力強さを肌身で感じる経験をさせてもらいました。