2015年1月30日金曜日

壮大なラストシーンに感動!《ニュルンベルクのマイスタージンガー》みどころ

                                    東条碩夫(音楽評論家)

ややこしい読み替え演出のスタイルなど、このオットー・シェンク演出の《マイスタージンガー》には、影も形もない。1993年のプレミエ以来、定番となっているプロダクションだけあって、実に観やすい。物語の舞台となっている16世紀ドイツの街ニュルンベルクを彷彿とさせるような写実的な舞台装置の中で、ドラマもオリジナルのとおりに展開される。演技も非常に細かいので、人間模様がよく解る。したがって、余計なことに煩わされず、ワーグナーの音楽を安心して楽しむことができる。

 16世紀ドイツの文化都市ニュルンベルクに花開いた手工業と職人芸術━━厳しい修業を経て工業の「親方」となった者は、また歌芸術にも秀で、これもあらゆる規則を学び修行して「親方歌手」(作詞・作曲も含む)の肩書を得ていた。「マイスタージンガー」とは、いわば「親方芸術家」「職匠歌手」ともいうべき地位なのである。
 その代表的人物で、最も才能にあふれ、人々の尊敬を集めていたのが、この物語の主人公でもあるハンス・ザックス(14941576)であった(ニュルンベルク市内には彼の銅像がある)。実在のザックスは、妻に先立たれ、子供をなくしてしばらくはやもめ生活を続けたのち、若い女性と再婚して天寿を全うしたと伝えられている。

 ドラマの中で、ザックスは、騎士ヴァルターの大胆で新鮮な歌の芸術を支援し、ドイツ芸術の発展につくす親方として描かれる。 

だが、物語はそれだけにとどまらない。彼は若い女性エファを愛しているが、彼女が若いヴァルターを恋していると知り、2人を結びつけることに尽力し、みずからは諦めとともに身を引く。エファのほうも、それをはっきりと知っている。その2人の微妙な心理の動きが、実はこのドラマの最大の見どころなのだ。第3幕ではそれが最高潮に達し、ラストシーンにいたるまで、彼らの純愛と、苦悩と、諦念が描かれていくのである。

 指揮は、MET音楽監督ジェイムズ・レヴァイン。病から復帰してからの彼の指揮は、深みと、温かさと、情感がいっそう豊かになった。彼がMETで《マイスタージンガー》を振るのは、実に34回目だという。精魂こめて指揮する彼の姿を見るのは感動的である。

 歌手陣も素晴らしい。まず、ザックスを歌い演じるミヒャエル・フォレの、滋味豊かな親方ぶり。ヴァルターやエファへの温かいまなざし、ベックメッサーへの冗談と皮肉に満ちた態度も印象的だ。エファを歌い演じるアネッテ・ダッシュの愛らしさもいい。ザックスへの愛と感謝にあふれた笑顔(第3幕)が、この上なく美しい。これに比べ、ヴァルター役のヨハン・ボータはむしろおっとりした役柄表現だが、これはもともと彼の持ち味だ。
 
METの舞台は、さすがに豪華だ。第2幕や、第3幕の「歌合戦の場」の幕開きでは、舞台の壮麗さに客席から拍手が起こる。

そしてワーグナーの、ドラマと音楽の盛り上げ方のなんと巧いこと!ラストシーンでの壮大な昂揚は、昔から多くの観客を興奮させてきた。長丁場の疲れも、ここで一気に吹き飛ぶだろう。          


(C) Ken Howard/Metropolitan Opera