奥田佳道(音楽評論家)
愉悦の楽の音が舞う。駆け巡る。
これぞ喜劇。客席との一体感を醸す「特設ステージ」も魅力となるバートレット・シャーの演出。歌い手たちの動き、表情がこの上なく鮮やかで、まさに手に取るよう。洒落ている。さあ今をときめくイタリアの若きマエストロのタクトに導かれ、アリアもヴィジュアルも映える新世代の歌い手、個性派が勢揃い。心も沸き立つロッシーニ・クレッシェンドに酔いしれるときがきた。
何かと機転の利く、町のなんでも屋フィガロ(セヴィリャの理髪師)の大活躍により、アルマヴィーヴァ伯爵とロジーナが結ばれるまでを描いたロッシーニのオペラ《セヴィリャの理髪師》。1816年にローマで初演されて以来、世界の劇場を沸かせたオペラである。古き良き時代のパリもウィーンもこの音楽に夢中になった。原作はフランスの劇作家ボーマルシェの、いわゆる「フィガロ3部作」の第1作で、この3部作は第2作《フィガロの結婚》、第3作《罪ある母》と続く。1786年にウィーンで初演され、ほどなくプラハでも大評判をとったモーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》は、お話的には《セヴィリャの理髪師》の続編という次第。
2014年11月22日のMETのステージ、まずは序曲から聴き手を魅了するイタリアの俊英マエストロ、ミケーレ・マリオッティ(1979年ウルビノ出身)に注目だ。オペラ好きが熱い視線を寄せるイタリアの若手指揮者「3人衆」(マリオッティ、ルスティオーニ、バッティストーニ)のひとりで、ボローニャ歌劇場の要職に迎えられた後、2012年に《カルメン》でMETにデビュー。喝采を博し、2014-15シーズンもロッシーニの《湖上の美人》と、この《セヴィリャ》を任されている。
傑作ゆえ、フィガロ登場の歌〈私は町の何でも屋〉、歌姫ロジーナが恋心をうちあける〈今の歌声は〉、ロジーナの音楽教師ドン・バジーリオが、(ロジーナ目当てにやってきた)アルマヴィーヴァ伯爵の悪い噂を広めようと歌う〈陰口はそよ風のように〉、ロッシーニの筆致に圧倒される五重唱、名乗りを挙げた伯爵が大詰めに歌う〈もう、やめるのだ〉ほか、聴きどころはほんとうに尽きない。コミカルな演技も満載だ。
さあMET一流のエンターテインメントヘ。「開演」が近い。
(c)Ken Howard/Metropolitan Opera