石戸谷結子(音楽評論家)
MET版《リゴレット》は1960年代のラスベガスが舞台。金と欲望が渦巻くこの街でどんなドラマが展開するのか? 超満員のメトロポリタン歌劇場の幕が開くと、そこはあっと驚くド派手な空間。ピンクやグリーンの原色ネオンが瞬くなかで、大きな羽の扇を持った半裸の踊り子たちのショーが行われている。メイヤーによればマントヴァ公爵は、”デューク”と呼ばれるスターで、どうやらフランク・シナトラをイメージしている。彼は踊り子たちを従えて、自分の所有するキャバレーで、マイク片手に「あれか、これか」女はよりどりみどりだ、とごきげんで歌う。
リゴレットは、シナトラの取り巻き集団(“ラット・パック”=悪がきたち)にいた、毒舌のコメディアンなどをイメージしているようだ。彼は密かに清純な娘ジルダを育てている。その大事な娘がデュークの餌食になったと知って、リゴレットはある決意を固める。けばけばしいラスベガスと清純な乙女の対比が、この演出の見どころだ。そのジルダが殺されるスパラフチーレの家は、ヌード・ダンサーが踊る娼館。あっけなく殺されるジルダは、まさに男たちの欲望の犠牲者なのかもしれない。
《リゴレット》の物語を、分かりやすく、エンターテイメントとして見せてくれるのが、メイヤーの演出だが、さまざまな仕掛けも施されているので、見る人それぞれが楽しみつつ謎解きできるのも、この舞台の魅力だ。
このインパクトある舞台より、もっと驚いたのが歌手たちの素晴らしさだ。まずダムラウ。彼女の声は柔らかくどこまでも伸びやかで美しい。アリア「慕わしき御名」は心にしみわたった。美声のルチッチは低音ばかりでなく高音も美しく響き、いまが聴き時。リゴレット役ではいま世界最高のバリトンだ。その二人による父娘の二重唱は、全幕最高の聴きどころ。ベチャワは一段と洗練され、白いタキシードもぴったりで、デューク役が板についている。輝かしい高音もばっちり決めて、まさにこの舞台のスターだ。殺し屋役のコツァンも、低音をながーく響かせて喝采をさらった。
METの聴衆はこのド派手舞台を大歓迎。あちこちで大笑いが起きて、ネオンまたたく大狂乱のラスベガス舞台を楽しんでいた。全く新しい、斬新な解釈のこの《リゴレット》、どうぞ、お楽しみください!
写真(C)Ken Howard/Metropolitan Opera