2016年5月12日木曜日

ヨーロッパ史上最も有名な女王の悲劇を超名舞台で!《ロベルト・デヴェリュー》みどころ

加藤浩子(音楽評論家)


 ヨーロッパ史上でもっとも有名な女王といえば、イギリス(正確にはイングランド)のエリザベス1世(1533−1603)ではないだろうか。イングランドの女王としては先代の異母姉メアリー1世に次いで2人目だが、メアリー1世がカトリックを弾圧して反発を買うなど失政を繰り返したのに対し、エリザベスはさまざまな面で慎重に事を運び、45年の治世を維持して名君と称された。生涯独身を通した「処女王」としても知られる。

 ドニゼッティの《ロベルト・デヴェリュー》は、女王の最後の恋人だったとされるエセックス伯爵ロバート・デヴルーとエリザベスの葛藤を描いたオペラ。エリザベスは33歳年下の美男子だったロバートを寵愛し、地位や財産を与えたが、甘えたロバートは無謀なアイルランド侵攻を企てて失敗し、女王に冷たくされると逆恨みして反乱を起こした。反逆者には厳しかったエリザベスは躊躇なくロバートを捕え、処刑する。
 
 オペラではロベルト(ロバート)が捕らわれてから処刑までが描かれるが、本作で強調されるのは、「女性」としてのエリザベッタ(エリザベス)の苦しみだ。ロベルトは女王から心が離れ、ノッティンガム公爵夫人サラと相思相愛という設定。サラも以前からロベルトを愛していたが、女王の命令で公爵に嫁いだ。ロベルトの新恋人の存在を知った女王は嫉妬のあまり死刑執行書に署名するが、処刑が実行されたことを知って狂乱する。

 物語からお分かりのように、本作は題名役よりエリザベッタが重要なプリマドンナ・オペラだ。ドニゼッティの「テューダー朝三部作」〜他の2作は《アンナ・ボレーナ》《マリア・ストゥルダ》〜はいずれもプリマドンナ・オペラだが、《ロベルト》は3作のなかでも一番プリマの負担が大きな作品でもある。
 
 エリザベッタ役S・ラドヴァノフスキーは、この難役を見事にこなした。今シーズンのMETで他の2作でも主役を務め、三部作をすべて歌う快挙をなしとげたラドヴァノフスキーは、本作の名演で歴史に残るソプラノとなったのではないだろうか。ヴェルディを得意とする彼女は、いわゆるベルカント・ソプラノより声が劇的で表現の幅が広く、スケール感がある。それでいて高音も完璧なのだから唖然とするしかない。終演後のカーテンコールでは瞬時で客席が総立ちになり、ラドヴァノスフキーも感極まって涙ぐんでいた。サラ役のE・ガランチャの声と姿の美しさ、豊かな表現力も別格の域。ロベルト役のM・ポレンザーニは優柔不断な男性を、共感をもって演じ、公爵役のM・クヴィエチェンはノーブルかつ情熱を込めた演唱で喝采を得ていた。ベルカントのスペシャリストであるM・ベニーニの指揮も鮮やかで推進力に溢れ、第2幕幕切れの大コンチェルタート(※注)では、音楽の渦に飲み込まれる快感が味わえた。
 
 さて、本作は歴史劇だけに、演出はとくに気になるところ。MET初演(快挙!)というなじみのない作品であることを考えれば、なおさら時代考証をきちんとした舞台で観たいと思うだろう。今回のD・マクヴィカーの演出は理想的だった。時代通りの豪華なコスチューム(肖像画でも有名なエリザベスの豪華衣装は見もの!)、重厚な装置に加え、舞台の周囲に「観客」を配し、劇中劇という趣向を取ったのだ。冒頭場面がエリザベスの葬儀の場面のように見えるのも印象的。単なるコスチュームプレイに終わらせず、演出家の気概を見せた。
 
 MET初演の知られざる名作の、すべてにおいて理想的な上演。これは、本作の上演史のみならず、METの上演史にもページを割かれるべき歴史的名演である。

※注:ソリストの声とオーケストラ、合唱が競い合う、「協奏曲」にも比較される迫力溢れる音楽。





写真(C)Ken Howard/Metropolitan Opera