2017年5月13日土曜日

ネトレプコ&マッテイで贈る、ロシア・オペラ最高人気の悲恋物語:《エフゲニー・オネーギン》みどころ

石戸谷結子(音楽評論家)


「ああ、幸せはすぐそばにあったのに・・」と、第3幕でタチヤーナとオネーギンは過ぎ去った苦い青春に想いを馳せる。すれ違ってしまった二人の愛。田舎地主の娘で内気な文学少女だったタチヤーナは、ある日都会的でニヒルな若者、オネーギンに一目惚れする。出逢ったその夜、タチヤーナは熱に浮かされたように、情熱的な恋文を書き、オネーギンに届ける。しかし、現れた彼が発した言葉は「情熱を抑える術を学びなさい」という冷たいものだった。年月が経ち、二人はサンクトペテルブルグの華やかな夜会で再会する。その時オネーギンが見たのは、人妻となり社交界の華と讃えられる洗練されたタチヤーナだった。後悔したオネーギンは、彼女に熱烈な恋文を送り、駆け落ちを迫る。第3幕の幕切れ、オネーギンへの想いを捨てきれないタチヤーナだが、断腸の思いである決断を下す。

 ロシア・オペラ最高人気を誇るチャイコフスキーの傑作《エフゲニ・オネーギン》。ロシアの文豪プーシキンの原作をもとにした、ロマンチックな悲恋物語だ。






 哀愁漂う旋律で始まる第1幕は、タチヤーナが恋心を吐露する〈手紙の場〉が聴きどころ。20分近くにもわたり、オネーギンへの燃える想いを切々と告白する。2幕はタチヤーナの命名日を祝う家庭的な舞踏会の場面で始まる。次の場は一転して詩人レンスキーとオネーギンが決闘する暗いシーンで、決闘の前にレンスキーが〈青春は遠く過ぎ去り〉と美しいアリアを歌う。第3幕はポロネーズで始まる華麗な夜会の場が見どころ。そして幕切れはタチヤーナとオネーギンのドラマチックで切ない2重唱が聴きどころだ。

 今回のプロダクションは2013年にプレミエを迎えたデボラ・ワーナー&フィオナ・ショウの演出。ネトレプコとクヴィエチェン主演で、シーズン・オープニング公演として上演されて大成功を収めた舞台だ。4年ぶりの再演となり、ネトレプコが再びタチヤーナを歌う。彼女の声はさらに成熟し、表現力も増して、3幕は堂々とした気品ある立ち居振る舞い、まさに大女優の風格だ。

オネーギン役は病気療養中のホヴォロストフスキーに代わり、ペーター・マッティが歌う。彼はこの役をザルツブルグ音楽祭などでも歌っており、ニヒルで気難しく、ちょっと嫌みもあるオネーギン役が良く似合っている。なにしろ美声で声量があり、演技力もある。特に3幕の幕切れの歌唱は迫力充分だった。今回はキャストが更に充実している。オリガ役のエレーナ・マクシモアは注目の美貌メゾ・ソプラノ。レンスキー役のアレクセイ・ドルゴフは、繊細で素朴で人の良い詩人役をみごとに演じている。また母役のエレーナ・ザレンバや乳母役のラリッサ・ディアトコーヴァなど、ロシアの名歌手たちがずらりと顔を揃えている。


 デボラ・ワーナーの演出はロシアの伝統的な風俗や衣装を取り入れた抒情的で美しい舞台。とくに3幕の幕切れは、雪の降りしきる森に舞台を移し、切ない別れの場面を感動的に演出している。そして今回の聴きどころの一つがロビン・ティチアーティの繊細でメランコリックな音楽づくり。彼はいまグラインドボーン音楽祭の音楽監督を務める若手の俊英だ。

歌手・指揮・演出と揃い、ロシア・オペラの真髄を味わわせてくれる舞台となった。

 (C)Marty Sohl / Metropolitan Opera