2014年5月14日水曜日

《コジ・ファン・トゥッテ》現地インタビュー① スザンナ・フィリップス

 初日のカーテンコールの感動は、生涯忘れられない思い出となりました。”

スザンナ・フィリップス
スザンナ・フィリップスは、今もっとも波に乗っているソプラノのひとりだ。ジュリアードを2004年に卒業、シカゴ歌劇場の研修プログラムを経て、2008年にはMETに《ラ・ボエーム》のムゼッタ役でいきなりデビューした彼女は、以来、毎年のようにMETに出演を続けている。今シーズンのMETでは、ライブビューイングにも登場するレヴァイン復帰作品《コジ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージ役、2011年のMET来日公演でも歌った当たり役《ラ・ボエーム》ムゼッタ役、そしてニューイヤーズ・ イヴにガラ・プレミエされた新演出《こうもり》のロザリンデ役を任された。どの役も公演を引っ張らなくてはならない、重要な役である。

そんな主役を張るディーヴァとしての自覚を、彼女も持つようになったのだろうか。前回あってからまだ3年と経たないフィリップスからまず感じられたのは、その深いブルーでまとめられたシックな装いにも似た、静かな落ち着きである。しかし話し始めると、南部出身らしいエレガントな礼儀正しさと、日本で食べたラーメンが忘れられないとクスクス笑う、3年前と変わらないチャーミングな彼女であった。 

―――オペラでレヴァイン氏の指揮で歌われるのは、今回の《コジ・ファン・トゥッテ》が初めてだそうですね。

「夢のようです。マエストロ・レヴァインは、精神的にも、身体的にも、最高の状態で指揮台に戻って下さいました。まさに、絶好調です。レヴァインさんは、(車椅子を使っているため)カーテンコールでステージに上がらないので、ソリストとして最後のカーテンコールを受ける私がステージから、両手を広げてピットにいるマエストロを紹介しました。ニューヨーカーが、諸手を挙げてマエストロのカムバックを歓迎している熱狂が伝わってきて、特に初日のカーテンコールの感動は、生涯忘れられない思い出となりました。」

―――フィオルディリージ役は、以前にも歌われたことがあると伺っています。

2007年にサンタフェで歌いました。あれから6年、私も本当に色々な経験を積みました。モーツァルトの音楽は、とてもクリーンで美しいのですが、その分、歌手の全てがさらけ出されてしまいます。声楽的な問題も、たちまち露見してしまいます。」

―――技術的なことだけではなく、感情的にも大変ではないですか?

フィオルディリージ役を演じるフィリップスと
フェルランド役のM・ポレンザーニ
「この作品全体の中で、フィオルディリージはとりわけ幅広い感情を掘り下げる役柄かもしれません。フィオルディリージは最終的に、(女性の貞節を試すという男たちの賭けのために、本来の恋人であるグリエルモに代わって彼女を口説いた)フェルランドを完全に愛するようになると私は思って演じています。そこまでに至る彼女の心の旅路は、とてつもなく巨大で劇的なものです。全ては男達が仕掛けたトリックであったことが明かされる最後のシーンでは、私は毎回演じるたびに、心から悲しみに打ちひしがれてしまいます。」

―――毎回どのようにして、そのような大きな感情の流れに対処されるのですか?

「難しいですね。このオペラの結末は、いったいどうなるのでしょうか?今回の演出では、少なくともしばらくの間は、それぞれ元の恋人の元に戻ることになっています。その時のフィオルディリージは、『どうしてこんな酷い仕打ちを私にすることができたの?』とグリエルモに対して感じていると思います。グリエルモの元に戻るのは、戻りたいからではなく、フェルランドから離れるための手段かもしれません。フィオルディリージのような、あれほど真剣に恋に落ちてしまう人が、最後になって突然『OK、全ては大丈夫!』と言う感じで、元の鞘に戻るとは思えないのです。とても洞察力に富んだ作品の、ほろ苦いラストですね。」

―――フィリップスさんがオペラ歌手になられた契機をお聞かせ下さい。

今作共演のS・フィリップス、I・レナード、D・ドゥ・ニース
(2013-14シーズン オープニングナイトにて)
5歳の頃からコーラスで歌っていて、音楽は大好きだったのですが、実は医学の道に進もうと熱烈に思っていました(彼女の父、祖父はともに医者)。15歳の時にオペラに感動して、両親にねだって声楽のレッスンを受けるようになりましたが、音楽を職業として考えたことはなく、ジュリアードはたまたま、受験したという感じだったのです。合格してみると、ジュリアードで勉強できる機会など滅多にないことであり、音楽は大好きだったので、トライしてみようと思いました。歌手になるためには、色々なことを学ばねばならないことを発見したのは、それからです。物理学や、色々な言語、アート、歴史、数学など、色々なことを「歌手」という一つのシナリオの中で把握しなくてはならない。そんなことを学ぶうちに、私はこのクレージーな世界で、自分を表現する【声】をオペラに見つけたのです。 
オペラでは、共演者にもとても触発されます。今回、姉妹役で共演しているイザベル・レナードは、ジュリアードの寮で同じスイートに住んでいたこともある友人です。彼女の音楽性も、演劇的な傾向もよくわかっているし、彼女も私のことをよくわかっている。そんな二人が、新しいニュアンスを探すという作業は、とても楽しく、触発されるものでした。」

―――オフには、どんなことをされるのですか?

「眠ること(笑)。それから、ジョギングが好きです。公演で訪れる新しい街を、ジョギングを通じて知ることはとても楽しいものです。クッキングも大好きです。訪れる先々の食材で、その土地の料理を発見するのです。そして何よりも、私が大切に思う友人、知人、家族と過ごす時間を大切にしています。」

――― 日本には、2011年のMET来日公演でも行かれていますね?

「東京、名古屋で歌い、滞在中に京都にも行きました。日本には素晴らしい文化があり、おもてなしの文化があることは知っていましたが、日本の方々があれほど素晴らしい人々とは、知りませんでした。皆さんとても親切で、寛大であることに感動しました。私は南部出身ですが、日本の価値観にはとても共感するものを感じました。 

2011年のMET日本ツアーの最中に、日本のスタッフと、METのスタッフのソフトボールの試合があったのですが、私も拝み倒して、METチームの選手として特別にプレーさせて頂きました。ファーストを守ったんですよ!あの大変な(東日本大震災の)悲劇の記憶も生々しいときに、日本のクルーにとって、それはツアー中初めてのオフの日でした。彼らには家族と過ごすとか、他のことをすることもできたはずなのに、私たちとソフトボールをして過ごしてくれたのです。試合の後、ディナーにみんなで出かけて、乾杯しました。話す言葉は違うけれど、とても親しい感情が芽生えました。忘れられない思い出です。今でもその時のTシャツを持っています。また日本で歌う機会を、今から楽しみにしています。」

インタビュー: 小林伸太郎(音楽ライター/NY在住)
写真(C) Ken Howard/Metropolitan Opera 
      (C) Marty Sohl/Metropolitan Opera
 【スザンナ・フィリップス来日公演情報】
兵庫県立芸術文化センター 《コジ・ファン・トゥッテ》公演に
フィオルディリージ役で出演予定!
7月18日・20日・23日・26日
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